3.歯周病が全身疾患の原因になる

近年、歯周病菌が他の部位に移行したり血液中に入ること(菌血症)により、他の病気の原因や誘因になることがわかってきました。
歯周病がある程度進行すると、歯磨きや食事を食べるだけでも大量に血管内に進入します。
さくら総合歯科院長が学生の頃は、菌血症はあくまで一時的なものであり、問題にならない、と習いました。
しかし近年では、侵入した歯周病菌は短時間に全身に移行し、様々な部位で病気の原因となることが解明されつつあります。

 

この項では、歯周病が全身に及ぼす影響について解説します。

A.心臓病

歯周病患者の心臓発作の確率は、健康な人の2.8倍も高いという報告があります。
歯周病が進行すると、血管内に歯周病菌が侵入します。
一部の歯周病菌は血小板内に入り込むなどして免疫系から逃れ、血管内壁に血栓の原因を作ります。
それが心臓の血管に詰まると心筋梗塞などの虚血性心疾患の原因となります。
心臓

B.脳卒中

歯周病患者とそうでない人に比例してリスクが3倍といわれています。
心臓疾患と同様、歯周病菌の血管内侵入が関与していると考えられています。

C.ガン

歯周病歴のある男性医療専門家を対象にした長期研究で、ガンになる可能性が全体的に14%高いとの結果が、インペリアル・カレッジ・ロンドンのドミニク・ミショー博士らによって報告されました。)

 

論文では
「喫煙その他のリスク要因を考慮した上でも、歯周病は肺や腎臓、すい臓、血液のガンのリスク増大と大きな関連性があった」
と結論づけています。
歯周病と疾患

(a) 食道ガンと歯周病

 

お口の中に存在する細菌のなかには、発がん物質「アセトアルデヒド」を作る菌も含まれています。
その影響を最も受けるのが、お口の中(口腔)と食道です。
お口の中の細菌によって産生されたアセトアルデヒドによって

 

・ 口腔癌(舌癌・歯肉癌など)
・ 食道癌

 

が起こる場合があります。

 

また、歯周病原因菌の一つT.d菌が食道粘膜に移行してそこに慢性の炎症を起こし、それが癌化して食道癌となるという説もあります。

 

 

(b) 結腸癌と歯周病

 

F.n菌と呼ばれる歯周病原因菌による感染が結腸直腸がんの一因となる可能性があることが、米ケース・ウェスタン・リザーブ大学歯科医学部歯周病学教授のYiping Han氏らの研究で示唆されました。
結腸癌と歯周病

(c)膵臓癌と歯周病

 

2007年、歯周病患者は膵臓癌のリスクが2倍になる、という論文が発表されました。
詳細は、歯周病は膵癌リスクにのページをご覧下さい。

D.糖尿病

糖尿病は、血液中のブドウ糖(血糖)値を下げるインスリンの分泌が低下し、血液中のブドウ糖が多くなっている状態のことを言います。

 

歯周病の炎症がある歯周組織では、免疫反応により産生される炎症性サイトカイン・TNF-αと言う物質が増加し、脂肪細胞や骨格筋による等の取込みを阻害します。
そのため、血糖値を下げる働きをもつホルモンであるインスリンの働きが阻害され(インスリン抵抗性)、その結果血糖値が上昇して糖尿病の症状が悪化することがわかっています。

 

歯周病を治療すると、歯周炎に起因するTNF-α産生量が低下するため、インスリン抵抗性が改善し血糖コントロールが好転すると言われています。

 

歯周病治療により『糖尿病が改善した』、と言う論文と『改善しない』と言う論文が存在します。
改善した論文の多くは、歯周病専門医が治療した研究、開演しなかった論文の多くは口腔外科医が治療した論文だそうです。
口腔外科医は歯周病治療は通常行っていないため、歯周病専門医と同等の治療は不可能であることが、結果に現れていると考えられます。

E.動脈硬化

生活習慣病に直結する動脈硬化症にも、歯周病菌が関係しています。
歯周病菌が動脈硬化部位に見つかることが、カナダや北米の研究グループにより報告されています。
また、腹部動脈瘤の部位に、歯周病菌の1種である Treponema denticola というスピロヘータが見つかったという報告もあります。

 

歯周病菌が作り出す内毒素:LPSは、血管に入り込んでその内壁に付着します。
内毒素は、好中球やマクロファージといった免疫細胞に取り込まれて血液中を運ばれ、血管壁などで炎症性サイトカインの産生を促し、そこに悪玉のLDLコレステロールが沈着して瘤を作ります。
瘤は次第に大きくなり、血流を阻害します。

 

歯周病菌が動脈硬化を悪化させることは、これまでも統計調査の結果から明らかでしたが、新潟大歯学部の山崎和久教授(歯周病学)の研究グループにより、歯周病菌が動脈硬化を悪化させることの因果関係が証明されました。

 

山崎教授らは実験用マウスに週2回、歯周病菌を投与し、一定期間経過後に肝臓や血管の組織を調べました。
その結果、動脈硬化のリスクを減らす善玉コレステロールを生み出す遺伝子の発現量が低下していたことがわかりました。
また、動脈硬化を起こしているマウスへ同様に菌の投与を約5カ月間行い、動脈の内側を調べたところ、菌を与えていないマウスでは病変の面積が6%であったのに対し、投与したマウスでは45%という結果が得られました。

F.誤嚥性肺炎

口の中に多くの細菌が繁殖すると、当然ながら唾液中の細菌も激増します。
高齢者は嚥下機能が衰え、誤って気管に唾液などが入り込んでしまう(誤嚥)ことが多くなります。

 

唾液中の細菌が多いと、誤嚥により細菌が気管支や肺に侵入し、気管支炎や肺炎を引き起こします。

 

現在では、日本人の死因の第3位が肺炎になりました。
肺炎を減少させるための『口腔ケア』の重要性が、歯科ばかりでなく医科に置いても重要視されるようになってきました。

 

その他、肺気腫・喘息などとの関連も報告されています 。
歯周病と誤嚥性肺炎

G.非アルコール性脂肪肝炎(NASH)

NASHとは、お酒を飲まないにもかかわらず脂肪が肝臓に蓄積することにより、脂肪肝→慢性肝炎→肝硬変→肝臓癌へと進行していく病気です。
歯周病とNASH
一方、歯周病が進行すると、お口の中の細菌が血管内に侵入する『菌血症』という状態になります。
歯周病菌は数時間から10時間程度生存し、肝臓に到達するとそこで炎症が起こります。
このことが、NASHの病状悪化に関与している、ということが近年の研究で明らかになってきました。

 

NASHの患者の唾液中にはP.g菌と呼ばれる歯周病菌の保菌率が健常者より多く、5割の患者にP.g菌が存在することがわかっています。
可逆性である非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD) 患者に感染しているP. gingivalis菌 は fimA 遺伝子解析で毒性の強い II、IV、Ib が多いことが報告されており、これらはNASHとも関連する可能性があると思われます。
“fimA 遺伝子”についてはこちらを参照。

 

もしお口の中に歯周病菌(特にP. gingivalis菌)が見つかったら、歯周病治療や3DSで除菌することをお勧めします。

H.リウマチ

関節リウマチは、日本では国民の1%程度が罹患している病気で、自己免疫疾患の一種です。
患者の免疫システムに正常に働かなくなることにより起こります。

 

リウマチの患者は歯周病にかかっていることが多いので、歯周病とリウマチの関連性が以前から指摘されてきました。
そして2013年9月に、関節リウマチのリスク因子としての歯周病菌の働きが発表されました。

 

それによると、代表的な歯周病菌であるP.g菌に感染したマウスでは、関節リウマチの発症率が高く、またその進行も早くなることがわかりました。

 

P.g菌が増えることにより、PADという酵素が作られるます。
PADはある種のタンパク質に作用して、免疫システムの正常な働きを妨げます。
その影響で関節リウマチが進行します。
P.g以外の歯周病菌ではPADは作り出されなかったそうです。

I.アルツハイマー

名古屋市立大 大学院の道川誠教授らの研究チームにより、歯周病が認知症の一種、アルツハイマー病を悪化させることがマウスの実験で明らかにされました。
歯周病と認知症
実験後にマウスの脳を調べると、歯周病菌に感染してからの約4カ月間で、記憶をつかさどる海馬にアルツハイマー病の原因となるタンパク質が沈着し、歯周病のマウスの方が面積で約2.5倍、量で約1.5倍に増加していました。

 

J.早産・死産

早産

中・重度の歯周病になっている妊婦は早産の危険が7.5倍も高いといわれています。

妊婦が歯周病の場合、お口の中の歯周病菌が増加し、その結果血液中のサイトカインとよばれる物質が増加します。
それにより、子宮筋の収縮が促されると考えられています。

 

妊婦に対して歯周病治療を行うと、早産の発生率が有意に下がることが報告されています。
胎盤の細菌叢は口腔と最も近似している、という論文が2014年 Science Translational Medicineという学術誌にて発表されましたが、このことからも口腔内の細菌が胎盤に影響を与える可能性がある、と考えることができます。

死産

口腔内の細菌が原因で、死産となった症例報告が存在します。(下記文献)

Term stillbirth caused by oral Fusobacterium nucleatum.
Obstet Gynecol. 2010 Feb;115(2 Pt 2):442-5
この報告は、35歳のアジア人女性が39週と5日で死産した症例で、下記所見が認められました。
・母親は妊娠関連歯肉炎で出血が認められた
・死産3日前に上気道感染で発熱した
・強い悪臭の血性羊水と悪臭を発する胎児として死産
・強い絨毛羊膜炎と臍帯炎を併発
・絨毛膜・羊膜・胎児の肺と胃には Fusobacterium nucleatum という口腔内の細菌が充満

 

K.肥満

歯周病が肥満を引き起こす可能性

歯周病と肥満歯周病菌が出す毒素をリポ多糖といいます。
リポ多糖をマウスの皮下に4週間連続して埋め込んだ結果、肝臓に脂肪が沈着し、肥満へと結び付きました。
歯周病と肥満
歯周病になると、歯周病菌から出たリポ多糖が、歯肉の炎症部分から血液中に入り込んでいきます。
その結果、歯周病があると肥満に結び付くと言われています。

付) 肥満が歯周病を悪化させる可能性

肪組織でつくられるTNF-αという物質は、歯を支える骨(歯槽骨)を溶かし、歯周病を発症、進行させる作用があります。
肥満の人は、脂肪組織が多いためにTNF-αがより多く産生されます。
その結果、歯を支える骨はより多く溶かされ、歯周病が発症・進行しやすくなると考えられています。

 

L.脳膿瘍

北九州市立医療センターで脳膿瘍から代表的歯周病菌であるP.g菌が検出されたとの報告が、日本有病者歯科医療学会誌に報告されました。

 

M.Buerger病(バージャー病)

バージャー病は喫煙男性に多く見られる手足の動脈に起こる病気です。
血管が次第に詰まり、場合によっては足が腐ってしまうこともある恐ろしい病気です。
バージャー病の原因や悪化がお口の中の歯周病菌によるのではないか、という研究報告があり、その関連性が示唆されています。