(1) 歯周内科とは

歯周病の治療は、原因となる細菌バイオフィルム(細菌の集団)を機械的に除去することに重きを置くのが一般的です。
それに対し、特殊な薬剤を使用することにより、歯周病菌を除菌し、内科的に病状の安定化を図る方法のことを、歯周内科と言います。
歯周内科 三重
患者様ご自身にはっきりわかるほど、症状が短期間で改善されるのが特徴です。

 

ただ、歯周病そのものが完全に治るわけではないので、薬を使うだけで歯周病に打ち勝った、と早合点してはいけません。

 

歯周内科は、

 

歯の健康を取り戻す第一歩

 

として有効です。

(2) 歯周病関連菌検査

(a)歯周病菌の検査

まず、歯周病原因菌の中でも毒性の強い細菌(下記)が歯周病の病巣内にどれくらい存在するかを調べるPCR法検査を行います。

 

・ P.g (Porphyromonas gingivalis)
・ T.f (Tannerella forsythia)
・ T.d (Treponema denticola)
・ A.a (Aggregatibacter actinomycetemcomitans)
・ F.n (Fusobacterium nucleatum)
・ P.i (Prevotella intermedia)

 

PCR法と呼ばれる細菌のDNAを検査する信頼性の高い方法を用いて検査します。
更に、全体的に重症の方には、P.g菌の遺伝子型をオプションで検査することも可能です。

 

(b)真菌の検査

歯周病菌の上皮内親友を手助けするという説もある真菌(カンジダ:カビの一種)がお口の中に存在するか検査を行います。
真菌の検査
真菌と歯周病の関連性には諸説ありますが、詳細は後述します。

 

(c) 歯周病の原因はバイオフィルム

バイオフィルムとは、細菌などの微生物が排泄する物質(グリコカリックス)で囲まれた、微生物の集合体のことを言います。
バイオフィルムを形成した細菌は、抗生物質に対して約1000倍も強くなるといわれています。

 

歯の表面についた細菌は、このバイオフィルムという状態でこびりつきます。
したがって、市販の薬用歯磨きや殺菌作用のある洗口剤はもちろんのこと、一般的な抗生物質でさえもこれらの細菌をやっつけることはできません。
(ただし、お口の中を漂っている細菌には効果があるので、洗口剤を寝る前に使用すると朝お口の中がすっきりすることがあります。しかし、歯の表面の細菌は死んでいません。)

 

歯周病が簡単に治らないのは、原因となる細菌がバイオフィルムを形成しているからに他なりません。

 

バイオフィルム中の細菌は、同じ細菌のみならず異なる細菌たちとも互いに情報伝達を行っています。
これを『クオラムセンシング』と呼びます。

 

歯周内科で使用するマクロライド系抗生物質は、このクオラムセンシングを阻害する可能性が示唆されており、バイオフィルムの形成を抑制および破壊するのではないか、と考えられています。
したがって、他の抗生物質とは一線を画す効果が期待できます。

(3) 歯周内科についての学会や研究会の見解

歯周病の二大学会(日本歯周病学会・日本臨床歯周病学会)では、歯周病菌検査を行わず歯周病治療に抗生物質を使用するのは、耐性菌(抗生物質の効かない菌)増加の原因となるので避けるべきである、との見解が主流となっています。
歯周内科 バイ菌
一方、歯周内科を提唱・推進している国際歯周内科学研究会の2011年秋季カンファレンスの中で講演された王宝禮先生(大阪歯科大学教授)は、以下の様に述べられました。

 

『わが国では、歯周病治療に対する抗菌薬の使用法は混迷を極め、国民に誤解を与えています。例えば、「歯周病を抗菌薬で治す」という表現は間違いであり、「抗菌薬は歯周病関連細菌に有効である」が正しい表現です。』(抄録より引用)

 

『抗菌薬の適正使用を考える際に、個人的防衛的な観点から感染病態をできるだけ早期に診断し、原因菌を的確に捉え、原因菌に抗菌力を示す薬剤の中から最も抗菌力の高い薬剤を選択することが必要です。また、集団的防衛的な観点からは、耐性菌蔓延対策を如何に抑制し、現有効菌薬の寿命を如何に延ばすという点が課題です。』(抄録より引用)

 

つまり、『歯周病は薬で治る』というキャッチフレーズを掲げていた国際歯周内科学研究会も、むやみやたらと薬を処方するのは好ましくない、という考えに方向転換しつつあるようです。
その一環として、必ずしも正確が診断の出来るとは言えない顕微鏡検査だけでなく、PCR法と呼ばれる正確な方法も導入し、適切な薬の使用を心掛けるようになるようです。

(4) 歯周病学会の歯周病と真菌の関係に関する見解

学会では、真菌に対する薬(抗真菌剤)の使用に否定的ですが、他の薬を使用しても症状が改善されない場合、真菌が歯垢の中に存在するか検査を行い、多くの真菌が存在することを確認した場合にのみ、当院でも使用することがあります。

 

この件に関して、かつて日本歯周病学会のホームページに、正しい歯周治療の普及を目指して―抗真菌剤の利用を批判する―という論文が掲載されていました(現在は非掲載)

 

(日本臨床歯周病学会も、HPで否定しています。)

(5) 国際歯周内科学研究会の歯周病と真菌の関係に関する見解

一方、国際歯周内科研究会では、抗真菌剤の使用を推進しています。
(国際・・・と銘打ってはいますが、現在のところ日本を中心とした研究会です。)

 

抗真菌剤を歯周内科に使用することは、健康保険では認められておらず、保険診療との併用は出来ません。
保険診療で真菌に対応する場合は、真菌に作用するといわれている、ある特殊な歯磨剤(液)を代わりに使用します。

(6) 奥羽大学 玉井利代子准教授の、歯周病と真菌の関係に関する研究

奥羽大学歯学部 玉井利代子准教授は、2011年以降、

 

『歯周病原性細菌の宿主細胞への侵入における真菌の増悪効果に関する分子生物学的研究』

 

と題する研究を行っておられます。

 

その研究で玉井准教授は、歯周病原性細菌のP.gingivalisによる歯周組織構成細胞などの宿主細胞への侵入機構と、真菌であるCandida albicans(カビ)またはその菌体成分によるP.gingivalisの侵入増強メカニズムについて、検討しておられます。

 

その中で、

 

培養された歯肉(歯ぐき)の細胞が Candida albicans(カビ)と触れた場合、触れていない細胞に比べて歯周病菌を3倍取り込みやすい、ということを突き止められました。。
つまり、歯周病の進行に真菌(カビ)が関与している可能性があることがわかってきたのです。

 

この研究は2014年まで科学研究費補助金が下りているようなので、更にそのメカニズムまで解明されることが、期待されます。

 

(7) 歯周内科の注意点:歯周内科の実情

『歯周病は薬で治る』

 

最近、こう書かれているホームページを目にする機会が増えています。
更に、

 

『歯周病が歯周内科で○○%完治する』

 

との記述さえ見られます。
しかし、歯周病は様々な因子により進行・悪化しますので、薬を使っただけで殆どの歯周病が完治することはあり得ません。

 

また、当院を受診された患者様の中には、歯周内科に使用される抗生物質を個人輸入で購入され、使用した方もおられました。
しかし、薬を飲んだだけでは歯周病菌が残存し、結果的に耐性菌を増やす原因にしかなりません。
実際その患者様の歯周病は自覚症状はないものの重症のままでした。
薬を自己判断で購入、使用するのはお避け下さい。

 

近年、位相差顕微鏡を使用して患者様のお口の中の細菌を見せ、それらに有効な抗生物質を使用した歯周病治療(歯周内科)を行っている歯科医院が増えています。
しかし、顕微鏡では細菌の種類は特定できないので、歯周病菌の存在を確定することはできません。
したがって、PCR法と呼ばれる精度の高い検査を行って、まず歯周病菌の存在を確認することが必要です。
歯周内科 三重 四日市
ただ、正確な歯周病菌の検査はコストがかかるため、通常はせいぜい1〜2本の歯しか検査ができません。
一方、顕微鏡検査はコストがかからないので、何カ所からでも細菌を採取できます。
その点において、顕微鏡検査は有用といえます。
また、唾液中の細菌を検査すれば、お口全体の細菌を検査することも可能ですが、よりコストがかかります。

(8) 歯周病菌に用いられる薬

現在歯周内科で一般的に使用される薬剤は、

 

・アジスロマイシンというマクロライド系抗生物質
・アムホテリシンBという真菌(カビ)に作用する薬剤(抗真菌剤)

 

を使用します。
抗真菌剤を保険診療で歯周病治療に使用することはできませんので、保険診療を望まれる方には、真菌(カビ)抑制効果のあるといわれている、特殊な液体歯磨剤を使用します。

 

上記抗生物質を歯周内科のために使用することは保険診療では認められていませんが、歯ぐきに炎症がある場合などは、その治療目的で使用することは可能な場合があります。
詳しくは、ご来院時にご説明致します。

 

(a) 歯周病菌を大幅に減少させることの多い薬剤

ここではまず、アジスロマイシンについてお話します。
アジスロマイシンは、他の種類の抗生物質と異なり、上記B.で述べたように細菌バイオフィルム(歯にこびりついた細菌の塊)のバリアを破壊して、細菌の集団の中に有効成分が浸透します。
しかもこの薬は白血球の中に入り込むので、白血球のたくさん集まるところ、つまり歯周病が進行し細菌が多数存在する場所に高濃度に移行します。
その結果、歯周病の進行した部位の細菌を約1週間集中攻撃し続け、歯周病菌を激減させます。

 

きちんと研修を受けた歯科医師であれば、この薬の乱用にならない使用方法を心得ていますが、残念ながら見よう見まねでこの薬を使用している歯科医師が多いのが現状です。
その結果、耐性菌(抗生物質の効かない細菌)が増えることが、懸念されています。
薬
当院では、精度の高い検査法(細菌のDNA分析)で原因となっている細菌を調べ、悪玉度の高い細菌が検出された場合にのみ、それに効果のある抗生剤を投与することにより、原因となる細菌を大幅に減少させる事に成功しています。

 

(b) 歯周病細菌学の父:ソクランスキー先生の見解

歯科医師向け冊子『歯界展望』2009年7月号に、横浜の武居先生とソクランスキー先生の対談が掲載されました。

 

ソクランスキー(Sigmund Socransky)先生は歯周病細菌学の権威で、その研究は歯周病学の今日の発展に大きく貢献しています。
武居先生は単身ボストンに渡り、かつて留学していた際の伝手を頼りに面会を申し込み、その熱意に押された先生が快諾し、対談が実現したそうです。

 

武居先生の所属するスタディーグループは、歯磨き指導を中心にした歯周病治療を古くから実践し、手術をなるべく行わず、歯周病治療に薬を使うことを否定するグループです。

 

一方、ソクランスキー先生は既に第一線を退いておられますが、現役時代は歯周病治療に抗菌剤を併用することを、研究しておられました。

 

武居先生は、歯周病を徹底した歯磨き指導で治し、しかも長期的に安定した良好な経過をたどっている治療例を、ソクランスキー先生にプレゼンテーションしました。
その上で、『私たちのグループは、歯周病治療に抗菌剤を使用する必要性を見いだせない。もし(ソクランスキー)先生が薬を使用する必要性を私たちに示していただけるのであれば、我々も薬を使いたい』 という趣旨の質問をしたそうです。

 

それに対しソクランスキー先生からは、

 

『抗菌剤を使用すると、ほんの少し治療の成績が向上するが、その代償として抗菌剤の副作用のリスクを患者に与えてしまうことになりかねない』
『35歳以下の急速に進行した歯周病や、なかなか治らない歯周病など、一部の特殊な場合を除いて、できれば薬を使用せず治したい』、

 

という、意外な答えが返ってきたそうです。
歯周病微生物学の父とも言われるソクランスキー先生のお言葉は、非常に重いと言えます。

 

当院では、薬を使用した歯周内科の効果を認めつつも、その応用を慎重に選択し、必要性の高い患者様に限定して行っています。

 

(c) カビ(真菌)に作用する薬剤・液体歯磨き剤

また、真菌と呼ばれるカビの一種が、治りにくい歯周病の一因になっているのではないか、という説があり、抗真菌剤(カビの薬)を投与する場合があります。

 

当院でも、希望される方には抗真菌剤を使用します。(自費診療)

 

保険診療においては、薬でない下記の歯磨剤(液)を代わりに使用します。
(この歯磨き液は歯磨き粉と同じ扱いですので、保険給付対象となりません。)
詳しくは、ご来院時にご説明致します。

 

 

(d) 真菌に作用すると言われている特殊な歯磨き液

この歯磨き液は、もともと肉類腐敗防止剤の目的で食品として開発されたもので、人体に安全な天然成分だけで作られています。
したがって、飲み込んでも問題はありません。
通常の歯磨き剤には、ラウリル硫酸ナトリウム(界面活性(石油科学系物質))など、多くの化学成分が含まれています。
一方、この歯磨き液には化学物質が含まれず、天然成分だけで構成されています。
よって安全な歯磨き剤といえます。

 

その効果は抗真菌剤には及ばず、また、医薬品ではありませんので、『真菌に効く』と言う医学的データはありません。
しかし、使用した歯科医師の実感として、約8割程度の効果を有するのではないか、と主張している歯科医師も存在します。

(9) 歯周内科の注意点

歯周病に薬を併用する方法は、手軽に習得できるので今後取り組む歯科医院が増えると思われます。
この方法により、(見かけ上の)症状の改善、経過の安定化に役立つ場合があります。
この方法を慎重に選択すれば、有効な場合もあり、当院でも以前から時々採用しています。
しかし、全ての歯周病が『治る』わけではありません。

 

歯周内科といわれる方法で抗生物質を投与されると、症状が急激に改善されます。
ただ、、症状がなくなっても、多くの場合歯周病そのものが『治る』 訳でなく、歯周病の病状を長期にわたり安定化させているだけですので、薬だけで全てが解決、とはいきません。

 

歯周病を治すためには、時間をかけた歯磨きが最も重要です。
ただ、それだけでは充分な病原菌の除去は出来ませんので、専門家による歯の周囲の定期的なお掃除も必要です。
重症の方には手術も必要になる場合があります(歯周病の外科治療のページ参照)。

 

歯科医院のホームページには、いとも簡単に良い結果が出る様な情報が氾濫していますが、実際は一つの方法で充分な結果が得られるとは限らないことを、是非知っておいてください。

(10) 当院の歯周内科

当院でも歯周病の薬物治療(歯周内科)を行っています。
ただし、行う患者様は、厳選しています。
歯周内科 服薬
位相差顕微鏡における観察のみで、先に説明した薬剤を使用する場合もあります。
ただし、特に全体的に歯周病が進行し、とりあえず進行を一旦安定させる必要性の高い方を中心に行っています。

 

当院で時に行う方法は、正確な歯周病細菌検査(細菌のDNA分析)を行ったのち、検出された細菌に有効な薬剤を、機械的にバイオフィルムを除去した瞬間から投薬し、的確な除菌を行う方法を用いています。
悪玉菌が検出されない場合は、薬剤は使用しません(必要性が低いため。)

 

当院では、何度も説明しているとおり、適材適所、他の方法と併用して使用します。

 

さらに、歯周内科を更に発展させた、希望される方には『スーパー口腔内科』も行っております(自費診療)。

 

(11)歯周内科と歯周外科併用法

歯周外科を行う前に、骨の再生などの手術成績を向上させる目的で、歯周内科治療を行う方法です。
歯周病の超悪玉菌がお口の中に存在する場合に、最も良い結果が得られます。

 

詳細については、後述します。